【天の声】自分本位の判断で怒りの感情を表してはいけない

TRANSLATINO
ありがたい言葉

人間はとても弱いので、自分のことを棚に上げて他人を攻撃してしまうものです。

総裁はとても人間らしい人間なので、怒ることもあります。


レジの順番を抜かされたとか、イラっとしますよね。

あとで食べようと思っていたプリンを何者かに食べられたとか、激怒しますよね。


しかし、そんな怒りっぽい総裁に注意を促すためなのか【天の声】が聞こえてきました。

ちょっとイラっとしただけで注意されたのがつらいので、みんな幸せに暮らす会の皆さんにも教えてあげようと思います。

それでは【天の声】をどうぞ。

心が激しく動くこともある

その時に生ずる感情の一つが「怒」なのだ

怒りは負の部分を現認したときに生ずる

しかし怒りの対象となった人は

もしや先ほど別のところで善行を積んだかもしれない

たまたま目に映った負の部分だけで決めてはいけない

「怒」を表すのを控えよ

「怒」に替えて「恕」を表せ

「恕」を表せば 必ず誰かに許しを与えられるのだ


生活していればイラっとすることもあります。

どうでもいいことで腹が立つこともあります。

人間はとにかく弱いので、負の感情を溜め込まないように「ガス抜き」する必要があるんですね。


ガス抜きができない状態が続いたり一気に負の感情が高まると「怒り」があふれ出すこともあります。


総裁はかなり気長になりましたが、それでも我慢の限界を超えて怒ってしまうことがあります。

どんなに素晴らしい人間にも「負の感情」はあるのです。


しかし、怒りを爆発させる前に「怒りの対象について考える」のも大切です。

怒りの対象となった人は、かつての恩人かもしれません。

あるいは、普段から弱い立場の人を助けている善良な人かもしれません。


その人が積んできたであろう善行の数々を思えば、たまたま目にした負の部分は許せるものです。

狭い視野で決めつけてしまうのではなく、少しでも良い部分を認めて許しあうことが肝要なのです。

「怒」と「恕」はよく似た文字ですが、意味が全く異なります。

「恕」を表せば、相手の立場を思いやることができます。

そして、相手の行いに許しを与えることができます。


簡単に思えて実は難しいことですが、「恕」の連鎖を生むことで世の中はもっとゆるく心地いいものになっていくのです。


【天の声】は「自分本位で感情を表すな」とおっしゃっています。

相手のことを考えて、それでも怒る必要があれば怒ればいいのです。

しかし多くの場合、怒る必要はありません。


穏やかな心を保ちつつ、できる限り善行を積み上げていくことが大切です。

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